千葉大みらい医療基金

ゲノム編集に基づく癌横断的な合成致死遺伝子の探索

難治性のがんの進行・転移・薬剤耐性のメカニズムの解明を目指して

近年のゲノム解析技術の進歩により、原発臓器にとらわれず、癌細胞に対する遺伝子解析に基づいた分子標的薬の使用が可能となりました。従来の抗がん剤は、細胞の増殖を抑えることが主な作用であり、そのため、癌細胞だけでなく正常な細胞の増殖も抑えてしまうため、様々な副作用がおこりえます。一方、分子標的薬は癌の原因に関わる特定の分子だけを選んで攻撃するもので、比較的、癌の特徴に応じて使うことができるという特徴があります。しかし、分子標的薬による治療過程で、癌は薬剤に対する耐性を獲得し、再発や遠隔転移を引き起こすことも少なくありません。これは、癌細胞が分子標的薬で遮断されなかった分子経路を新たに活性化させてしまうことが原因であると考えられています。このような癌の進行、転移、耐性獲得のメカニズムを知ることが、新たな治療につながると考えられます。

従来の薬と分子標的薬の働き

“合成致死”を利用した新たな癌治療

近年、新たな癌の治療法として“合成致死”を利用した治療が注目されています。癌細胞の中には、癌に関するある遺伝子と別の遺伝子が対になって、相互に補い合うことで生き延びようとするものがあります。このような場合、片方の遺伝子の機能喪失では癌細胞は死滅しませんが、対となるもう一方の遺伝子も機能喪失することで癌細胞が効率よく死滅します。これを“合成致死”といいます。

ゲノム編集技術による合成致死遺伝子の探索

例えば、ある癌ではAという分子が活性化しており、A阻害薬とよばれるA分子の働きを阻害する薬を使うことで一定の治療効果を示す薬があるとしますしかし、これだけでは十分な癌の細胞死を誘導できません。癌細胞は、A阻害薬が効かないような手段で生き延びようとするからです。そこで、A分子と対となるような遺伝子を特定し、機能停止させれば、“合成致死”となり、効率よく癌細胞を死滅させることができます。この遺伝子を見つけるため、私たちはCRISPR(クリスパー)スクリーニングというゲノム編集技術を応用した手法を使い、A阻害薬と合成致死関係にある遺伝子Bを探索します。遺伝子Bを探し出し、Aと組み合わせて遺伝子Bを機能停止させることで癌の細胞死を効率よくもたらすことができるのです。
CRISPRスクリーニングとは、ヒトが持つたんぱく質をコードする全2万遺伝子のうち、任意の遺伝子群を個別に機能停止させ、それらの細胞が示す変化や特徴を調べる手法です。癌細胞株に適用することで、どの遺伝子が癌細胞の増殖に必要であるのか、どの遺伝子が薬剤の耐性の原因になっているのか、そしてどの遺伝子とどの薬剤の組み合わせが最も効果的か、などを調べることができます。例えば、既存の分子標的薬に加えて、もう一方の増殖に必要な遺伝子の働きを止める薬を作れば、がんの増殖を止めることができ、がんの新たな治療法となると考えられます。既に私たちはこの技術を活用し、特定の癌の合成致死遺伝子の発見に成功しています。

今後の展望

本研究の実験手法が確立できれば、様々な癌に対して応用が可能です。種々の難治性の癌に対して横断的に合成致死遺伝子をスクリーニングでき、癌細胞を死滅させる効果的な治療薬の組み合わせの発見等が期待できます。
私は泌尿器科医として、泌尿器癌を中心に診療にあたっています。近年のゲノム医学はまさに日進月歩であり、次々と新しい治療薬を患者さんに提供できるようになっております。しかしながら、癌は非常にしぶとく、薬物療法のみならず、手術、放射線療法など様々な治療を駆使しても、完治に至る患者さんは、残念ながら非常に少ないのが現状です。私自身、臨床医として、これまで数多くの患者さん・ご家族に、「もう使える治療はありません」と言わざるを得ない状況を経験しました。
本研究は、癌細胞を効果的に死滅させるため、既存の治療に組み合わせる別の治療標的をさがすことを目的としています。ご寄付頂いた助成金を最大限有効活用させていただき、癌で困っている多くの患者さんに一日でも早く新たな治療を届けられるよう、研究を推進いたします。この度はありがとうございました。

この研究を支援する方法

千葉大みらい医療基金では、寄付をする際に寄付金の活用先を任意の領域や研究に指定することができます。この研究をご支援頂けます場合は、「泌尿器科学」とご指定ください。

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