

FACS CantoII修理費、実験試薬など
ウェルナー(Werner)症候群(WS)は、WRN遺伝子の変異によって引き起こされる稀な遺伝性疾患です。この遺伝子は、ゲノムの安定性の維持やDNAの複製、修復、テロメアの保護に重要な「ウェルナータンパク質」を作り出す役割を果たしています。日本では約2万人から4万人に1人の割合で発症するとされており、世界全体では約10万人に1人の頻度で見られます。
WSの特徴は、思春期や若年成人期から始まる早すぎる老化現象です。このため、白内障や髪の白髪化、糖尿病、骨粗しょう症、動脈硬化、がんなどの加齢に伴う病気が若くして現れることが多くなります。
特に、WS患者の主な早期の死因が「早期発症型動脈硬化」です。これは、血管の壁にプラーク(異常なふくらみ)が蓄積して血管が狭くなったり詰まったりする病気です。この疾患の研究は動物モデル(例えばマウス)を使って試みられてきましたが、WS特有の特徴を再現することはできていませんでした。
しかし最近、WS患者由来の人工多能性幹細胞(iPSC)を用いた研究で、この疾患の仕組みが明らかになりつつあります。それでもなお、WS患者のための効果的な治療法はまだ確立されていません。私たちは、WS患者の健康と寿命を改善するための治療法を開発するべく、さらに研究を進めていきたいと考えています。

人間の皮膚や血液などの体細胞に対して特定の因子を導入し培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞に変化させることできます。この細胞を「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPSC)」と呼びます。例えば、難治性疾患の患者さんの体細胞からiPS細胞を作り、それを患部である様々な臓器の細胞に分化させ、その患部の状態や機能がどのように変化するかを研究し、病気の原因を解明する研究が可能となります。例えば、脳内にある神経細胞が変化して起こる疾患は、外部から取り出することが難しく、また変化が進んでしまった細胞からは、正常な状態がどうであったかを推測することが難しいとされてきました。 iPS細胞を用いることで、こうした研究が飛躍的に進む可能性があります。また、その細胞を利用すれば、人体ではできないような薬剤の有効性や副作用を評価する検査や毒性のテストが可能になり、新しい薬の開発が大いに進むと期待されています。

動脈硬化は、動脈の壁にプラーク(異常なふくらみ)が蓄積し、動脈が狭くなったり詰まったりすることで起こる複雑な心血管疾患です。その進行には、マクロファージ(Mφ)といった免疫細胞や、血管内皮細胞(VEC)、血管平滑筋細胞(VSMC)といった血管細胞の間の複雑な相互作用が関与しています。私たちのこれまでの研究では、iPSC(人工多能性幹細胞)由来のMφ、VEC、VSMCを用いて、WS患者における動脈硬化の仕組みの解明に取り組んできました。
しかし、現在の手法は、多くの手間と時間がかかるうえに得られる細胞数が限られており、治療への応用や大規模な薬のスクリーニング研究には課題がありました。
これらの課題を克服するために、私たちは遺伝子操作により一過性に細胞を不老化させて大量増殖させる技術を開発しました。この技術により、iPSCから作られるMφ、VEC、VSMCを一過性に不老化し、安定した高品質な細胞の増殖を実現しました。従来のiPSC分化法に比べ、はるかに多くの細胞を効率的に得ることが可能です。
この技術革新は、動脈硬化を含む血管疾患の研究を加速させ、治療への応用を拡大する可能性を秘めています。

これまでの研究で、ゲノム解析により、WS-iPSC由来のマクロファージ(Mφ)においてI型インターフェロンシグナルが異常活性化していることが明らかになりました。このシグナル経路は、体の免疫応答において重要な役割を果たしており、ウイルス感染に対抗するため、ウイルスの複製を抑制する遺伝子を活性化したり、免疫細胞の働きを調節したりします。しかし、この経路が過剰に、または長期間にわたり活性化されると慢性的な炎症を引き起こし、動脈硬化をはじめとするさまざまな炎症性疾患に関与することが知られています。WS-iPSC由来のMφでI型インターフェロンシグナルが過剰に活性化することで血管の健康に悪影響を及ぼし、WS患者に早期発症型動脈硬化を引き起こす原因となることが示唆されました。
本研究では、一過性不老化細胞を用いた2次元(2D)共培養システムを開発し、動脈硬化の初期段階を再現しました。この革新的なモデルにより、動脈硬化の発症時における異なる細胞タイプ間の相互作用を、同じ遺伝的背景を持つ細胞を用いて観察・分析することが可能になります。このシステムを用いて、治療法の可能性を探るため、FDA(米国食品医薬品局)に承認された複数の抗炎症薬を用いて、現在予備実験を実施しております。このアプローチを通じて、すでに他の疾患で承認されている薬剤を、ウェルナー患者を含む動脈硬化症に応用することで新たな治療法につながることが期待されます。


これまでのところ、WS患者の動脈硬化に対する根本的な治療法は存在しませんでしたが、本研究によって将来的に新しい治療法を見つけられる可能性があります。一般的にコレステロールを下げるために使用されるスタチンは、動脈硬化をはじめとする心血管疾患(CVD)のリスク軽減に大きな効果を示しています。しかし、こうした治療法にもかかわらず、CVDは日本を含む世界中で依然として主要な死因となっており、2021年には9,100,000人の命が失われたとWHOは報告しています。そのため、新しい薬の開発が望まれています。
私たちは、動脈硬化の新しい治療法を開発することで、WS患者だけでなく一般の方々の動脈硬化症の治療にも貢献できると考えております。皆さまの温かいご支援に、心から感謝申し上げます。


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