

さまざまな病気や治療の影響で、免疫が弱くなっている方がいます。こうした免疫不全の方が新型コロナウイルスに感染すると、体の外にウイルスを出し続ける期間が、場合によっては数百日と非常に長くなることがあります。その結果、いつまで入院を続けるべきか、同居されているご家族や周囲の方に感染のリスクが残っているのかを判断することが難しく、社会復帰の大きな妨げとなっています。
私たちは、免疫不全の方で新型コロナウイルス感染が長く続いている患者さんから、鼻の奥を綿棒でぬぐって採取する検体(鼻咽頭拭い液)を集めています。このご支援を用いて、そこに含まれる、鼻の粘膜でウイルスに結合する抗体の量や種類を測定し、その抗体がウイルスのどの部分(ウイルス蛋白質のどの場所)に結合しているのかを詳しく調べるための解析方法を確立します。
どのような抗体が、どのくらいの量あればウイルスの排出が抑えられるのかを明らかにし、免疫不全の方の退院や隔離解除の目安となる指標づくりや、将来の治療薬の開発につなげていくことを目指しています。
新型コロナウイルスは、まず鼻や喉などの内側をおおっている粘膜の細胞に感染します。そこで増えたウイルスが、粘膜や鼻水の中に多く出てきて、くしゃみや咳とともに空気中に飛び散り、周りの人へ移っていきます。この「ヒトからヒトへうつるサイクル」が続くことで、新型コロナウイルスは世界中に拡がりました。
2021年末に現れたオミクロン系統以降は、さらにヒトからヒトへ拡がりやすい性質を持つようになり、社会の中に新型コロナウイルスが定着した状態が続いています。
一方で、どのくらいの期間、感染性を維持したウイルスが体から出続けるのかを予測する免疫の指標や、その期間を短くするために重要な免疫の要素は、まだよく分かっていません。これらを明らかにすることは、新型コロナウイルスの流行をおさえる上で非常に重要だと考えられます。
これまで私たちは、免疫が正常な方が新型コロナウイルスに感染した場合、発症からおよそ10日ほどまでには鼻の粘膜からは、ほとんど感染性ウイルスが検出されなくなることを報告してきました。しかし、何らかの理由で免疫不全がある方では、ウイルスを長く出し続けやすく、10日を超えても感染性ウイルスが鼻の粘膜から検出される例が報告されています。このような方では、いつまで周囲にうつす危険があるのかを予測することが難しく、退院や社会復帰の妨げになっています。
この感染性ウイルスの排出を抑える方法はないのでしょうか。ウイルスが多量に増えて出てくる場所は、鼻を含む上気道(鼻〜喉)の粘膜です。この粘膜の上では、ウイルスやウイルスに感染した細胞を攻撃する免疫細胞や、粘膜や粘液の中でウイルスそのものに結合して働く抗体など、さまざまな免疫が働いています。
ところが、人の鼻の粘膜にいる免疫細胞や抗体の量を、簡単かつ安定した方法でたくさんの人から測ることは難しく、そのため粘膜の免疫とウイルス排出の長さの関係は長い間よく分かっていませんでした。
私たちはこの状況を変えるために、粘膜上に分泌される特殊な抗体「分泌型IgA」を、ごく少量の鼻の粘膜からでも測定できる方法を開発しました。これまでの研究から、免疫不全のない健康な方では、鼻の粘膜に分泌型IgA抗体が増えることが、新型コロナウイルスの感染性ウイルスの排出を抑えることに関係していることが分かっています(図)。

今回ご支援いただいた研究では、免疫不全のある方や新型コロナウイルス感染により長期間ウイルスを排出している方を対象に、鼻を含む上気道の粘膜で作られる分泌型IgA抗体が、ウイルスの排出の減り方の動態にどのような影響を与えているかを調べます。そのうえで、分泌型IgAがウイルス排出を抑える新しい免疫の指標(バイオマーカー)として役立つかどうかや、将来の治療薬の標的になり得るかどうかを明らかにし、長期間続いてしまうウイルス排出の予測や、その期間を短くする方法の開発につなげることを目指しています。
免疫不全のある方が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症すると、重症化しやすいことが分かっています。さらに、先ほど述べたように、免疫不全の方では感染性ウイルスが長期間にわたり体から出続けることが報告されています。
しかし、この「長期間のウイルス排出」に対して、いつまで隔離などの感染予防策を続けるべきかを裏付ける研究データは、まだ非常に限られています。現状では、各医療機関がウイルスや感染症の専門家の意見を参考にしながら、施設ごとに対応を決めているのが実情です。
また、免疫不全のある方の中には、COVID-19発症後に長期間にわたって肺炎や呼吸不全を繰り返し、悪化と改善を行ったり来たりする方もいます。このような場合、抗体医薬を含む抗ウイルス薬や、免疫の働きを調整する薬(免疫調整薬)などを組み合わせた治療が試されていますが、多くの場合コントロールが難しいとされています。長くウイルスを排出し続ける状態に対して、「これが効く」と言える治療法はまだ十分に確立されていません。
その結果、本来であれば行いたい、免疫不全の原因となっている病気そのものの治療が進められなくなることがあります。結果的に、もとの病気が悪化し、患者さんの将来の見通し(予後)を悪くしてしまう可能性があります。
さらに、免疫不全のある方では、感染や発症予防の柱であるワクチンに対する反応が弱く、十分な効果が得られない場合があることも知られています。COVID-19の発症を防ぐ目的で、ウイルスを中和する抗体医薬も日本国内で承認されていますが、ウイルスの変異が進んだことで、その効果は以前より低下しています。
私たちは、このようにウイルス排出が長期化する患者さんから臨床検体(鼻の検体、血液など)を集め、体の中でウイルス排出がおさまる際に、どのような免疫が働いているのかを探ります。すでに、免疫不全の背景をもつCOVID-19患者さんを対象とした多施設共同研究で約85例を登録しており、多くの方から、ウイルス排出が終わるまでの間に繰り返し鼻咽頭拭い液(400検体以上)や血清(血液の一部、400検体以上)を集めています。
これらの検体を用いて、時間の経過とともに変化するウイルスの量や感染性と、それと並行して変化する粘膜の抗体(特に分泌型IgA)の動きをあわせて分析します。その結果から、免疫不全の方が新型コロナウイルスに感染した後、いつウイルス排出の抑制が完了し、隔離解除が可能になるのかを判断するための「粘膜抗体の指標」や「目安となる値(閾値)」を決めていきたいと考えています。
私たちのこれまでの研究から、免疫不全のある方の中でも、特に「長期にウイルスを排出しやすい方」をある程度見分けられるようになってきました。たとえば、B細胞を標的とした治療(B細胞除去療法)を受けてから1年以内の患者さんなど、重い免疫不全の方では、20日以上にわたり感染性ウイルスを排出している例があることを報告しています(Kamegai et al . J Infect Chemother. 2025)。
また、こうした症例の解析やこれまでに得られた知見をもとに、「免疫不全者におけるCOVID-19の臨床対応指針案(第1.0版)」を作成し、現場の医師が診療の参考にできる資料として公開してきました。しかし、この指針案も、まだ十分な研究データがそろっていないことから、これが唯一の正解とは言えない段階にとどまっています。
社会的には、新型コロナウイルスのパンデミックは一旦収束したと見なされていますが、世界では今もなお、大きな流行とウイルスの変異が繰り返されています。この間に、世界中の多くの研究者がCOVID-19の制御に取り組み、成果を挙げてきましたが、それでも免疫不全のある方のCOVID-19に関する課題は解決しきれていません。
こうしたパンデミックでも解決しきれなかった課題は、将来、新型コロナウイルスが変異を重ねて再び大きく流行したときや、次の呼吸器感染症のパンデミックが起きたときに、再び大きな問題として私たちの前に立ちはだかると考えられます。
今回の研究では、ウイルス排出を抑えるうえで重要な粘膜抗体の種類と、その抗体が結合するウイルスの狙うべき場所(標的部位)を特定することを目指します。これが実現すれば、粘膜の分泌型IgA抗体の量にもとづいて長期ウイルス排出リスクの高い方を早期に見つける方法や、粘膜ワクチンやモノクローナル抗体を開発する際の標的となるウイルス蛋白質の部分を具体的に提示できるようになります。
これらは、現在はっきりした解決策がない免疫不全のある方のCOVID-19の治療や制御法の開発に直結すると考えています。さらに、この知見は新型コロナウイルスだけでなく、インフルエンザウイルスやRSウイルスなど、他の呼吸器ウイルスにも応用できる可能性があります。私たちは、本研究を通じて、呼吸器感染症全体の制御法や、次のパンデミックに備えるための粘膜免疫に基づく新しい対策づくりにつなげていきたいと考えています。
このたびは、貴重なご支援を賜り、心より御礼申し上げます。
今回の助成金のおかげで、医療現場では以前から大きな問題であると認識されていながら、十分に取り組むことができていなかった「免疫不全のある方の長期ウイルス排出」の研究を、本格的に進めることができるようになりました。
いただいたご支援は、1件1件の検体やデータを大切に活用し、免疫不全のある方に対しても、より安全にウイルスをコントロールできる方法の開発へとつなげてまいります。
この研究を通じて、患者さんやご家族が少しでも安心して生活できる未来に近づけるよう、研究チーム一同、責任をもって取り組んでまいります。

千葉大みらい医療基金では、寄付をする際に寄付金の活用先を任意の領域や研究に指定することができます。この研究をご支援頂けます場合は、「感染病態学」とご指定ください。